Dez Pes - Live Report

ホット&クール 力技の高速空間 マルコス・スザーノ(2)


2003年11月10日(Mon.) @ C.C.Riches-Claires(Brussels) 20時00分開演
AFRO URBAN SAMBA - SHOW&PERCUSSION MASTERCLASSES TOUR -
※画像にカーソルを重ねるとコメントが現れます。大した事書いてないですが。


 そして、11月10日ショーの日がやってきた。月曜日は、平日のため 仕事をようやく片付けて、家に帰ったのは開演予定時刻の10分前だった。ライブ会場は ブリュッセルの中心地で、高い駐車場に停める以外は、とても車を停められる状況で ないのは分かっていたので、地下鉄に乗る。そんなこんなで、会場に着いたのは、 午後8時30分になっていた。

 会場のC.C.Riches-Clairesは、主催の文化団体muziekpubliqueで頻繁に利用している 所らしく、座席数300程度の小劇場。入ってすぐ、真中に正方形のバーコーナーがあり、 その左右の奥から劇場に入るようになっている。

 すでに、前座のTricycleというトリオの演奏が始まっていた。皆ベルギー国籍の Tuur Florizoone(acc.&pf.)、Philippe Laloy(Sax&fl.)、Vincent Noiret(Contrabass)による 編成。ショーロ・クラブのギターとバンドリンがアコーディオンとサックスに置き換わった というところだろうか。ジャジーだがクラシックな、ユーモアいっぱいの大人の音楽で けっこう楽しめた。こっちへ来て特に思うが、こういうクラシック楽器を 使った音楽は、やはりヨーロッパ人の方がセンスがあり、繊細で趣があり、上手い。他の大陸や 島国の人種にはなかなか表現できないものだ。Tuurは、何度かブラジルへ行っているらしく、 なかなか流暢なポルトガル語のMCを披露していた。途中から入ったので、見やすい席は ほぼ満席、最前列の右端で、首を痛めながらステージを見上げるハメになった。ステージ終了後、 セットの入れ替え時、セッティングのためスザーノがちらっとステージ上に現れた。 途中、ステージ真ん前にいた東洋人に気づいたのか、ニヤッと合図してくれた。

 さて、2、30分ほどの休憩の後、9時30分からいよいよライブ開始である。 Nilton Rodrigues(Tr.&Fluguelhorn)、Eduardo Neves(Sax&Fl.)、Fernando Moura(Key.&Piano)、 Andre Carneiro(Bass)とスザーノの5人がステージに登場した。比較的地味な服装の他のメンバーに 比べ、Fernando Mouraは、ブルーのカラーリングを施したヘアといい、服装といい、志茂田景樹を 思わせるようなファッションで目立っていた。

 1曲目のJungle Sambaで、観客の期待通りスザーノの高速Jungleパンデイロが走る。Fernando Mouraの キーボードによるシンセ効果音とピアノによる不協和音コードによるアタック、ソリッドでゴロゴロ 動くベースという3層のリズムに、ジャジィな風味を添える堅実なホーンセクションによる テーマが乗るという構造だ。2曲目からは、スザーノファンにはおなじみであろう、彼独特の パーカッションセットに座って高速グルーブをたたき出す。右側には、上にハイハット、 下にヘコヘコをつけたスタンドがあり、右手のワイヤーブラシでその間を上下に32ビートで刻みつつ、 左手は、基本的に腰を下ろしているカホンを叩いて、バスとリムショット音を出し、合間に正面に 設置された効果音用ドラムパッドや、左側に設置された小型スネア(ネギ・ドラム?)をバックビートで 叩くのである。また、左側にはフィルターボックスが設置されていて、いろいろマイクで拾った 生音に効果を加えているようになっているようだ。

 そこでやっていることは、もちろんサウンドの核になるグルーブを作り出すことだが、 通常の人にはドラムマシーンを併用しなければ出来ないようサウンドを、マシーンなしで かつ、マシーンのように正確無比に再現できてしまうところがポイントである。逆に言うと、 マシーンですべて出来てしまうわけである。とすると、演奏する側にとって楽しいのかも しれないが、聞き手にとっては、それはどれほどの価値があるものだろうとふと考えてみた。 確かに、パンデイロ一本でドラムのような音が出るのを見聞きすれば、最初は誰しも感嘆し すごいなあと思うのであり、一定の価値がある。だが、その驚きは長くは続かず、3曲目 ぐらいからは、耳慣れしてくる。それ以上の価値を見出すとすれば、どこにあるのか。 僕が見出せたのは、力技による強引さが、欲張りでホットな人間性を感じさせることであった。

 そもそも、ブラジルには非常に強引な奏法を持つプレーヤーがゴマンといる。 特徴的な例は、速いサンバのドラム演奏でハイハットを16ビートで叩くのに、左右の スティックで交互に叩くのではなく、右手だけで叩いてしまい、フリーになった左手で、 タムをスルドのようにたたいて、一人でバトゥカーダを演奏できてしまう。 これはよっぽど執拗に練習しないと出来ない芸当だが、ブラジルにはこの手のドラマーが 普通にいる。あるいは、オロドゥンやアシェーのヘピーキを叩くとき、アクセントのある 音はリムショット、それ以外の音は裏打ちとして表面を軽く叩いて、16ビートでスティックで 交互に刻むのだが、「アクセント」のある音は、必ず右手で叩くので、リズムがシンコペーシ ョンである結果、裏打ちの音を連続して2-3回左手で叩くようになってしまう。 これは、パンデイロの伝統的奏法でも同じことが起きている。

 スザーノはアフロビートやロック、ジャズなどあらゆる音楽を研究し、彼が理詰めで 考え抜いた科学的な理論に基づいて、そのパンデイロの奏法を確立した。これによりその 伝統的奏法から脱却することに成功し、一般的に習得の難しいパンデイロの奏法を容易なものにした。 その理論は、同時にバックビートの叩き方も容易にしたこともあって、今や日本を含めて 世界中で彼のフォロワーが着実に増えてきているのは、周知のことである。これらのことからして、 彼の音楽やパフォーマンスというのは、極めて理知的に、クールに、ひょうひょうと演奏されて いるものと感じていた。実際、数年前に大阪でレニーニ&スザーノの公演を観たときには そういうふうに感じてたのだし、そのこと自体に間違いはない。だが、現場を間近で観た印象は、 全くクールではなかった。よりホットだ。というより、なんと力技で強引な音楽なんだ!

 冷静になって考えてみれば、そうなのだ。ドラム/パーカッションをパンデイロ一本やカホン+ αですべてやってのけてしまおうとなんて考えていること自体がそもそもクールじゃない。 つまり理論や奏法はクールでも、パフォーマンス自体には、あくまでホットで泥臭いスピリット がある。彼はやっぱり、後者を得意とするブラジル人であるのだ。また、彼以上に バンドのメンバーはよりブラジル人であった。各人とも共通して言えるのは、それぞれ 演奏の力量は一定以上に達しているが、荒っぽさがあり、強引なところがある。まるで、オレの音を 聴け〜と叫びながら5つのボールを同時に投げられて、それでいてストライクゾーンにはすべて 入ってしまうような感じとでも言おうか。あるいは、そこには楽典上のハーモニーはあっても、 真の意味でのハーモニー(調和)というのがないのではないかとも思う。ヨーロッパ人の 繊細なバンドの後だったから余計にそう感じたのかもしれないが。

 もうひとつ意外だと思ったのは、サウンドのメインは、決してスザーノの演奏なのでなく、 かなりの比重で、管楽器2名による旋律にあることであった。スザーノによるパーカッションや フェルナンド・モウラのピアノはあくまで、バックの演奏にすぎない。それはスザーノの意図して いるところなのであろう。自分はバンドのグルーバーであることに徹すると。 トランペットのニルトン・ロドリゲスがバンド・マスターであり、つまり実際は彼のサウンドを 聴いていることになる。が、このバンドをその管楽器がメインの音楽として聴いてみるとどうなのであろうか?

 なるほど、ニルトンはバンドの年長者で、ジャズのに対して一定の素養があり、演奏も編曲も 十分な技量をもっていることはわかる。が、僕が聴いた限りでは、特にここが良いとか優れているという 点は残念ながら見出せない。また、前にも書いたが、スザーノのパーカッションにしても 、初めこそは驚かされるが、だんだん耳慣れしてくるのと、限られた楽器で出来ることには、 自ずと限界があるのだろう、フィルインなどのリズムパターンがワンパターンになりがちである。 結果として、管楽器主体のインストサウンドとしては、魅力に乏しく、中途半端であるという印象が ぬぐえず、ライブ全体の満足度がいまひとつだったのは、残念だった。

 ライブ終了後は、場内のバーコーナーでLeffeビールを楽しみつつ、スザーノの「出待ち」。 前座で演奏していたトライ・サイクルのメンバーがすでに近くで飲んでいたので、良かったよなどと 声をかけ、フルートのお兄さんとベルギービール談義などで会話が盛りあがっていたところに、 バンドのメンバーそして、スザーノが現れた。しばらくは、いろいろな人に捕まって話を していたが、足取りは確実にこちらの方へ向かってきてくれて、ようやくご対面、しばし歓談した。

 彼がスクール・キッドのTシャツがお気に入りだとか、ジャクソン・ド・パンデイロの演奏は 3回間近で観たことがあってやっぱ彼はスゴイかったとか。あと、財布から奥さんと娘の写真を 出してきて見せてくれたり。曰く「むすめー、はちさいー」と。そんな親バカな一面も披露してくれた スザーノは、やっぱり優しく人間臭く、ホットで強引な演奏をするブラジル人であった。 ただ、普通のブラジル人と違うのは、彼はすっかり心底日本好きになっていることだ。日本人で ある僕があきれるぐらい。ベースのアンドレがこう言った。「彼はキング・オブ・ジャパンなんだ!」

 2003年12月15日 Q−TCHAN(文・イラスト)


演奏曲:Jungle Samba/Terra de Ninguem/Flash/Baby Dancing/Jardim das Delicias/Assalto/Aira/Dialogo/(Encore) - Desentope Batucada/Pandemonium