Dez Pes - Live Report

際立つマルチな才能 シコ・セーザル ソロライブ


2003年10月27日(Mon.) @ Botanique(Brussels) 20時20分開演
Presented by Audi Jazz Festival
※画像にカーソルを重ねるとコメントが現れます。大した事書いてないですが。


 シコ・セーザル(Chico Cesar)は、今まであんまりCDを聞いてこなかった アーティストだった。ブラジル北東部のパライーバ(Paraiba)州出身で、しかし その音楽性は、北東部音楽というよりは、彼のルーツであるアフリカ音楽やレゲエの 色彩が強く、あるいはボイ・ブンバなどをフィーチャーした音楽で、いわゆる ゴンザーガ系のフォホーはあんまりやらないのだ。だから、5年ぐらい前だったか、 すい星の現れたがごとく注目を浴びていた時も、あんまり興味なく、ヒット曲「Mama Africa」は 聴いたし、アルバム「Beleza Mano」も買って聴いてみたが、曲数が多すぎたのと、フォホー系の トラックが全然なかったこともあって、じっくり聞きこむことな座礁、以来今日に至るまで CDファイルの中で冬眠していたのである。

 そんなわけで、ライブがあると知ってから慌てて、2003年発売の新譜「Respeitem meu cabelos, brancos」を買い、ファイルで眠っていた「Beleza Mano」を聴き直してみたわけ ですが、いやー、どれも非常に面白くて、グッド・クオリティーですよ。ボイ・ブンバの リズムが取り入れられている曲とか、今にしてようやく、僕の中で彼の音楽を曲がりなりにも 理解できる土壌ができたということで、まさに今回のライブはグッド・タイミング。 予め17.50EURで購入した(約2000円。安い!)前売りチケットを握り締め、非常に楽しみに しながら、ライブ会場へと足を運ぶ。

 会場は、今年4月にメストリ・アンブロージオ公演で行ったBotanique劇場のOrangerie ホール。その時は、平面フロアでのオールスタンディングだったので、多分同じだろうと思って いたら、今回はそこに段々のちゃんとした客席が設置されていたのは予想外だった。チケットを よく見れば、PLACEMENT LIBRE(自由席)と書いてあったので、よく考えれば席があるのは、見当の つくことだったのだが、そんなもんまったく気にも留めなかったし、むしろ、フランス語で 自由席のことはこう言うのかと勉強になった。

 開演予定時刻10分前に会場に入ったが、客席はけっこういっぱい。入口とは反対方向の 前から5列目(ぐらい)のところに、比較的良い席を見つけて座る。シコからの距離は約5メートル ぐいらい。上々だ。ステージセットを見たが、あれ?中央に一本のマイクとその脇に、フレーム 形のサイレント・ガットギターとアコギがそれぞれ1本づつがあるのみ。そう、これも全然 知らなかったのですが、今日はシコによるソロ弾き語りライブだったわけです。そして、 午後8時20分過ぎにいよいよスタート。

 早速登場したシコ・セーザルは、いかにも小太りのおにーちゃんと言う感じ。Tシャツを着ている せいか余計に腹のふくらみが・・・いや、とにかくラフな格好であった。まず最初に、 アボイオ(aboio。北東部の牛追いが朗々と詠じる即興詩)のスタイルで、曲名は分からなかったが、 現代サンパウロの街に佇む北東部出身者の心情をテーマにした歌を披露。その声量と響きの良い声に 圧倒される。

 そして、サイレント・ガットを手にして、レゲエのリズムでコードのバッキングを始める。 調はC#マイナー、これはひょっとして、いきなりアレをやってしまうのか?との予想は的中。 彼の最大のヒット曲、「Mama Africa」である。とりあえず、ヒット曲をかましておいて、 聴衆の心を一気につかんでしまおうという作戦に出たとみた。印象はCDで聴いていたのと そんなに変わらない。注目は、そのギター奏法で、コードを爪弾く合間の2小節目頭にピックアップ 部分を叩きつけて、バスドラムに似せたドンという音を出し、低音パーカッション不足を解消。 ギター弾き語りソロでもパーカッシブな雰囲気を出すのに成功していた。いわゆるプロの小技。 今度自分の演奏にも使ってみたい。

 それから、新作アルバムからの「Respeitem meus cabelos, brancos」などお得意のレゲエ ナンバーを中心に10曲強程度演奏。意外だったが新作アルバムからは、前出の曲と、 いわく「愛の曲です」の「Templo」、そして、「Experiencia」の3曲のみ。後者の曲では、 「歌詞が長くて覚えられないんだ」と言って、歌詞を見ながら歌っていた。

 この日もやはりブラジル人の観客が多かったが、途中、フランス語とポルトガル語 ごちゃまぜのMCをしたり、コーラス部分を「Avec moi!(みんな一緒に)」などと 呼びかけて一緒に歌わせたり、手拍子を促したりとご陽気で、観客へのサービス精神、 会場を盛り上げようとする姿勢が真摯に伝わってきた。初っ端飛ばしすぎたせいか(?)、 静かなナンバーになると少しかすれた声も聞かれたが、いや、非常に良く通る声で音程も正確、 そしてフラメンコ風の旋律も弾きこなす、確かなギターの腕前、次々と繰り出る良質の作品群、 独特の風貌を含めたショーアップ精神、うらやましいほど才能が備わっているなあと思わずため息。

 ハイライトは、彼のもう一つのビッグヒット曲「A primeira vista」。サイレント・ ガットギターからアコギに持ち替えて、この甘美なナンバーをしっとりと歌い上げる。 生で聴くと本当に美しく良い曲だった。周りのブラジル人も一緒に大合唱で、会場が最も 盛り上がった瞬間だった。

 本編は1時間強であっという間に終了。アンコールに答えて再登場したが、ここで ハプニング。アコギを手に演奏を始めたが、前の演奏を終えた後にギターの置き方が 悪かったのか、接続プラグの部分からバリバリというノイズが断続的に入るようになって しまった。そこで、シコはあっさり、「もうひとつの方でも弾けるから」と言って、 フレームギターに持ち替えて、別の曲を演奏し始めた。この切り替えの早い対応が 出来たところは、自分で好きなように演奏曲を構成できるソロライブならではだが、 逆に、もしアコギが大丈夫だったらどんな曲を演奏をしたんだろうと考えると、やはり 少し残念な気もした。

 2回目のアンコールは、すでにシコはお遊び状態。「マリネイロ」と ジャクソン・ド・パンデイロの「セバスチアーナ」を何とレゲエのリズムで演奏。 「セバスチアーナ」では「E gritava(そして叫んだ)」という歌詞に乗じて、 アーとかウーとか絶叫する始末で、思わず笑い転げる。いや、このネタは使えるので、 メモメモ。ご陽気なパフォーマンスでライブは終了したのでした。

 ええ声やなあ。ギター上手いなあ。ええ作品書くなあ。そして、アフリカとノルデスチ文化 への強いリスペクトとユーモラスな人柄。あと個性的な外見(笑)。一つ一つが際立ちながら、 同時に一体となって、より強烈で魅力的な個性を放つ。シコ・セーザルが昨今のMPB シーンで、存在感を増してきている理由、そして今後もさらに増していくであろうことを 実感させられたライブであった。

 余談だが、どうもあの某国独裁指導者金○日に風貌がそっくりで、ライブ中その 影が幾度となくちらついてならなかった。あと、ギターを抱える姿には、これまた関西方面の 人にはおなじみのカ○リーニョさんを思い起こす。いずれも暴言失礼ながら。

 2003年11月7日 Q−TCHAN(文・イラスト)


関連リンク:Chico Cesar公式サイト  CD鑑賞記