Dez Pes…ポルトガル語で「10本の足」の意味。ブラジル北東部に伝わる十行詞の形式をいいます。

  Dez Pes - Live Report

ミクスチャーの天才が魅せた
怖いほどの存在感とエネルギー

 2002年10月31日 @ Palais des Beaux-Arts 20時30分開演
ジルベルト・ジル〜Kaya N’gan Dayaツアー〜


 ジルの音楽を何枚かのCDを通じて親しんできたが、ジルというのは、優秀なコンポーザー だと思うけど、彼のオリジナル作品にそれほどの世界の深みは感じていない。おそらくミクス チャーを具現化するプレイヤーかアレンジャーとしての才能が一番だろうと常々思っていた。 まさに、歴史的にもトロピカリズモの先導者だったわけで、僕自身も彼に共感し、あこがれて いる部分というのがそこにある。今回実際にジルのライブを見て、さらにその思いを強くした。 ボブ・マーリーを歌うというコンセプトだったからということを差し引いてもである。

 通常は、クラシックのコンサートでもやるような立派な劇場に木製のワインケースで 組み立てられたような安っぽいステージが組まれていた。バックのメンバーがスタンバイし、 司会者のプレゼンテーションの後、やせっぽっちで小男の、しかし背筋をピンと張ったジルが ステージに入ってきた。木製ワインケースにこしかけ、ギターをつまびきはじめた。ギターは サン・ジョアンライブのCDジャケットで見られるエレキガット、最初は静 かなレゲエナンバー、Time will tellからスタートだ。

 ヨーロッパツアーの終盤ということもあったのかもしれないが、ジルの声は明らかに 枯れていた。メロディーはやがて高い旋律へ・・・このままではやばいと思っていたら 次の瞬間やはりかすれてしまった。60歳という年齢にやはり限界がきているのか。 少し悲しくも思いをする。が、ジルは別に動じていなかった。高音でシャウトして気迫で なんとか歌いきるのである。2曲目Three little birdsから徐々にテンポアップしていくなか、 シャウト、裏声、雄たけびを交えて雰囲気を盛り上げて来る。あのジル節だ。

 圧倒された。間違いなく。でも正直に言えば、怖かった。ステージの上にいる人物は 同じ人間とは思えない。異次元の生き物のようだ。顔はにこやかだが、フレンドリーな雰囲気 はない。そんなジルが60歳とは思えないパワーでもって、独特のバイーアダンスで腰を くねらせながら、聴衆を煽りに、こちらの観客席へにじりよって来るのである。半ば強引に、 少々暴力的に。あんまり寄ってこないでくれと言いたいぐらい怖かった。オーラが出ている などという陳腐な表現で片付けたくない。確かな言葉で言えば、迫力があったということに なるだろうか。それは、きっと凄まじいまでの集中力の産物なのであろう。

 ステージングは、さすがにプロである。人の気持ちを高揚させる歌声、叫び声 の使い方、老かいなダンス、時に日本のヒーロー戦隊を思わせるキメのポーズ、ジル自身も 楽しんでいる様子。すべてに芯が通っていて一級品。プロのエンターテイナーたる仕事である。 そんなジルに客は、最初から惜しみなく大きな拍手を送っている。そして、ブラジルらしき 一部の客が客席を立って一緒に踊り始める。一方、ヨーロッパのネイティブらしき人たちは、 最後まで立ち上がることなく、座って鑑賞していた。ヨーロッパ人は頑な人たちなのである。

 さて、ジルを生で観られる他に、楽しみにしていたのは、バックメンバーである。 元エルメート・パスコアルバンド、日本でも人気のある管楽器プレーヤーのカルロス・マルタ、 そして、カルリーニョス・ブラウンに見出され、大物ミュージシャンのレコーディングに 引っ張りだこ、若きバイーアのパーカッショニスト、グスターボ・ヂ・ダルヴァ、ジルバンドで おなじみのベース、アルトゥール・マイア、そのほか、ギターのセルジオ・シバッォリ、 アコーディオンのシセロ・アシス、ドラムのジョルジ・ゴメスと「エウ・トゥ・エリス」以来の 気心知れたメンバーで、ゆえに演奏は安定感があった。

 カルロス・マルタは、演奏中マイクの調子が おかしく思うように演奏ができていないようだったが、フルート、クラリネット、バリトンサックスなど を持ち替え、地味ながらバンドの演奏に厚みを与えていた。特筆すべきは、やはり注目のグスタヴォ・ヂ・ダルヴァ!多分20歳そこそこだろう。 若くやわらかそうなリストから繰り出される抜群のタイム感を持つビートは絶品。バクリーニャ、 ビリンバウ、フレームドラム、など多彩なパーカッションを自在に操る。評判どおりのあふれ 出る才能を感じた。もっとも、ステージでの集中力は少々欠けていた感があったのは残念だった。 また、CD以上に野太く、芯の通ったジョルジ・ゴメスのドラミングも絶品であった。

 これらのメンバーから紡ぎだされるサウンドは、CDと特に変わることはない。 ボブ・マーリーのレゲエスタイルを踏襲しつつ、バイーアのパーカッションとフォホーのアコーデ ィオンが絡んで、ある意味のバイーア的レゲエサウンドである。横揺れだが、半ば強引に、 ブラジルのなまった16ビートが背後で絡む。しかし、これは、ただ単に組み合わせて みましたというものではない。ジル自身がレゲエに傾倒して、実際にジャマイカにも足を運び、 20年の間に蓄積してきたものの最良の融合形がここにある。

 先ほど書いたように、ジルにはオーラや後光がさしているのは感じなかったが、彼の後ろには 彼が憧れ、影響を受け、背負っている先人たちの顔が次々と浮かんきた。ボブ・マーリーはもちろん のことルイス・ゴンザーガ、ビートルズ、ストーンズ、ジャクソン・ド・パンデイロ、ドリバル・カイーミ・・・ ステージ上の彼にはこのすべてが同居していた。彼の背負っているものは非常に重い。しかし、 根っからの音楽バカでエンターテイナーであるジルは、その持ちうるパワーと才能をもって、 最良のミクスチャー音楽を作ることに心血を注いでいる。ジルの最大の魅力であり、MPB のトップアーティストとしての存在感を示せるゆえんを見た思いだった。

 レパートリーは、やはりアルバムKaya N'gan Dayaからが中心だ。早々とNo woman, No cry と演奏して、客をばっちりつかみ、アルバム以外からも彼の過去のレゲエナンバー、たとえば Novidadeなどや、レゲエと似ているブラジルのショッチをやりますと言って、アルバムEu tu e eles でおなじみEsperando na janelaを演奏して、ブラジル人やフリークを喜ばせた。また途中で、 イパネマの娘をレゲエバージョンで演奏するなどの反則技も飛び出し、しかし観客は楽しんでいた。

 コーラスには、長女のナラ・ジルが参加。そして時折ステージをちょろちょろしてたどたどしい エレキやへたくそなパンデイロを叩いている若いにいちゃんがいるなあと気になっていたら、案の定 息子だったのはご愛嬌。ステージは、しかしジルの独断場で、フランス語のMCもお手のもの、 客は彼から目だ離せなくなる。最後までぐいぐいと引っ張り、圧倒的なパワーのステージを 魅せてくれた。僕自身も体を揺らせてコーラス大合唱。楽しいぞジル。アンコールの閉めは、今日 2回目のKaya N'gan Dayaで、グスタヴォもすばらしいビリンバウを披露。しかし、もっと見たいぞの 声援も届かないうちに会場の電気をつけられ、終了してしまった。

 ライブが終わってからも、しばらく心の中から彼が離れない。ちょっと怖かったけど、やっぱり 魅力をもった人であり、あこがれの存在であり続ける。60歳になっても現役で、これほどのパワフ ルなライブを聞かせてくれる人はそうそういない。また見たい。ジルの魂を。Axe!

 2002年11月3日 Q−TCHAN